ボードゲーム

企業研修におけるボードゲーム活用の効果

近年、企業研修の現場において、従来の講義や座学に代わり、ボードゲームを活用した研修手法が注目を集めている。

成人教育の体験学習理論に裏打ちされたボードゲーム研修は、参加者の主体的な関与を促進し、コミュニケーション活性化やチームビルディング、心理的安全性の向上といった組織的効果をもたらすことが実証されている。本稿では、ボードゲームが企業研修において注目される背景から、その具体的な組織効果、実践事例、代表的なゲームの特徴、導入に際する留意点に至るまで包括的に解説し、企業が持続的な組織力強化を図るうえで不可欠な手法として、ボードゲーム活用の可能性を多角的に解説するものである。

なぜ今、ボードゲームが企業研修に注目されるのか

体験学習理論とボードゲームの親和性

成人教育の分野において、体験学習(Experiential Learning)は学習効果を高める理論として広く認知されている。Kolb(1984)の理論によれば、学習は単なる知識の受け取りではなく、具体的な経験を通じて得た情報を振り返り、概念化し、さらに新たな行動へと移す循環的なプロセスである。

特に成人学習者にとっては、実際の体験を基盤とした学びが理解の深化と定着に不可欠である。ボードゲームは、この体験学習のプロセスに極めて適している。

ゲーム内では参加者が自らの判断で意思決定を行い、他者とのコミュニケーションや協力、競争を通じて実践的な経験を積むことができる。このような能動的な学びの場が、単なる講義やテキスト学習では得られにくい「生きた知識」として機能する。

さらに、ゲーム終了後の振り返りを行うことで、参加者は自身の行動や思考パターンを客観視し、組織内での応用につなげることが可能となる。したがって、ボードゲームは体験学習理論と高度に親和し、実践的な企業研修の手法として注目されているのである。

従来型研修の課題とボードゲームの解決策

従来の企業研修では、講義形式や座学中心の教育が主流であり、その限界が問題視されている。こうした形式の研修が参加者の受動的態度を助長し、集中力の低下や学習内容の定着不足を招く可能性がある。加えて、学んだ知識を実務にどう活かすかの具体的な体験が乏しいため、研修後の応用が困難になるケースが多い。

これに対し、ボードゲームを取り入れた研修は、参加者の主体的な関与を促すことができる点で優れている。ゲームのルールに基づく活動は参加者に具体的な役割や目的意識を与え、自然発生的に対話や協力、競争が生まれる。その結果、コミュニケーションの活性化やチームワークの醸成が促進される。

さらに、失敗を恐れず挑戦できる安全な環境を提供することで、心理的安全性が高まり、参加者は自由に意見交換を行えるようになる。このように、ボードゲームは従来の研修が抱える問題点を克服し、より効果的かつ実践的な学習環境を実現するための有力なツールとして注目されている。

ボードゲームがもたらす組織的効果

コミュニケーションの活性化

ボードゲームは、参加者同士が自然かつ自発的に対話や意見交換を行う環境を提供することができる。鈴木 研悟(2020)の研究によると、企業における部門間や階層間の壁を超えたコミュニケーションは、組織の情報共有と相互理解を促進し、業務効率化やイノベーション創出に寄与することが示されている。

引用元:ゲーミングを用いたエネルギーシステム教育の学習効果の評価

ボードゲームのルールは、参加者が意思決定や役割分担、協力関係を築くために積極的なコミュニケーションを必須とするため、自然とこうした交流を活性化させる効果がある。さらに、ゲームにおける協力や競争の場面は、多様な価値観や考え方に触れる機会を増やし、組織内での相互理解を深める契機となる。特に普段は業務で接点の少ないメンバー同士が交流できることは、組織風土の改善にとっても重要な意味を持つ。このように、ボードゲームは組織コミュニケーションの促進ツールとして、実務環境における人間関係の強化に貢献することが期待されている。

チームビルディングの促進

チームビルディングは、組織のパフォーマンス向上に不可欠な要素であり、ボードゲームはその促進に有効な手段として注目されている。ゲームの特性上、参加者は役割分担や戦略立案、協力行動を求められるため、メンバー間の連携と信頼関係を自然に形成する過程が生じる。

これにより、組織目標に向けた協働意識や責任感の醸成が図られることが多い。加えて、ゲーム内での成功体験や達成感はチームの一体感を高め、実際の業務におけるチームワークの質を向上させる。心理学的視点からも、共同体験による絆の強化はメンバー間の協力行動を促進するとされており、ボードゲームの環境はまさにこうした心理的プロセスを引き出すのに適している。結果として、組織全体のパフォーマンス向上と職場のモチベーションアップに寄与することが期待されている。

心理的安全性の向上

Edmondson(1999)が提唱した心理的安全性とは、組織内でメンバーが安心して意見を表明し、失敗を恐れずに挑戦できる環境を指す。ボードゲームは、ルールに基づく競争や協力の中で、失敗やミスを許容する文化を形成しやすい特徴を有している。

ゲーム内では結果の良し悪しが明確に示される一方で、それはあくまでもゲームの範囲内のことであり、実際の業務と異なり失敗のリスクが軽減されている。この安全な環境により、参加者は自由に意見を出し合い、積極的に挑戦する姿勢が促進される。

こうした体験は、組織のイノベーション創出や変革推進において重要な心理的基盤となる。したがって、ボードゲームは心理的安全性を高める研修手法として、従来の研修にはない新たな価値をもたらすものである。

自発的な参加と学習意欲の向上

学習動機の理論的枠組みによれば、楽しさや達成感は学習意欲の向上に不可欠な要素である。ボードゲームは競技性や戦略性、達成感を伴うため、参加者が自主的に取り組む意欲を喚起しやすい。加えて、ゲームの没入感や参加者間の相互作用が学習体験を豊かにし、学習効果の向上につながることが指摘されている。

従来の講義形式研修に比べて、ボードゲームを用いた研修は参加者の受動的な態度を払拭し、主体的な関与を引き出す点で優れている。結果として、学習内容の理解度が高まり、研修後の知識やスキルの実務活用が促進される。以上の理由から、ボードゲームは企業研修における学習意欲の向上に寄与する効果的な手法である。

実践事例と具体的な活用シーン

社内イベントでの活用

企業における社内イベントは、従業員同士の親睦を深め、組織文化の醸成やコミュニケーション活性化を目的として開催されることが多い。近年、ボードゲームを活用したチーム対抗形式のイベントが注目されている事例が増加している。これらのイベントでは、社員が普段の業務では接点の少ない異なる部署や階層のメンバーと協力・競争を通じて交流を深めることが可能である。

例えば、あるIT企業で、四半期ごとにボードゲーム大会を開催すれば、参加者からは「業務の垣根を越えたコミュニケーションが活性化した」「部署間の情報共有が進んだ」といった効果を期待できる。このような社内イベントの場にボードゲームを取り入れることで、組織内の壁を緩和し、チームワークの強化や職場の一体感向上につながると考えられている。

さらに、ゲームを通じた自然な対話は、社員同士の信頼関係の構築にも寄与し、長期的な組織力強化の基盤となる。

新入社員研修・チームビルディング研修

新入社員研修および若手社員を対象としたチームビルディング研修は、組織文化の理解促進やコミュニケーション能力の育成を目的とすることが多い。

ボードゲームは、これらの研修において即効性のあるツールとして効果的である。参加者が短時間で協力し合い、共通の目標達成を目指す過程で、信頼関係の形成や組織内での役割理解が促進されるためである。

特に、緊張感が高まりやすい研修初期段階で、ゲームを通じて参加者同士がリラックスして交流できることは、以降の研修内容の吸収率向上にもつながる。加えて、ゲーム内での意思決定や役割分担の経験は、実務における協働行動や問題解決力の向上にも寄与する。以上より、ボードゲームは新人育成の現場における有用な学習促進手段として位置付けられている。

経営層・管理職向け研修

経営層および管理職を対象とした研修では、経営視点の涵養や意思決定力の強化が重要なテーマとなる。経営シミュレーション型のボードゲームは、こうした研修目的に適した教材として広く活用されている。これらのゲームは、資源管理やリスクマネジメント、戦略立案といった経営課題を仮想体験として提供し、参加者が実際の意思決定プロセスを疑似体験することを可能にする。

例えば、管理職研修に経営シミュレーションゲームを取り入れ、ゲームを通じての議論やフィードバックは、管理職間の視点共有や相互理解の深化にもつながる。こうした経験は、管理職の意思決定の質向上と組織の持続的成長に寄与するものと期待される。

代表的なボードゲームとその特徴

インサイダーゲーム

「インサイダーゲーム」は、推理と情報共有を軸にしたコミュニケーション促進を目的とするボードゲームである。本ゲームは、参加者の中に「インサイダー」と呼ばれる特定の情報を持つプレイヤーが存在し、他のプレイヤーはその正体を推理しながらゲームを進める。この構造により、情報の非対称性やコミュニケーションのズレが顕在化し、参加者は自然と質問や説明、議論を繰り返すことになる。この過程で、職場における意思疎通の難しさや価値観の違いを体験的に理解できるため、組織内コミュニケーションの改善に寄与する。また、ゲーム終了後の振り返りでは、どのように情報を共有すべきか、誤解を防ぐための対話法は何かといったテーマが議論され、実務に活かす示唆を得られる。こうした点から、インサイダーゲームはコミュニケーションギャップの解消を狙う企業研修で有効な教材として評価されている。

Ito

「Ito」は、数の感覚と論理的思考、そして協働を融合させたカードゲームである。参加者は限られたリソース(カード)を使い、相手の手札や行動を推測しながら戦略を立てる必要がある。このプロセスは、研修において論理的思考力の強化のみならず、他者との協働や感情の共有を促進する点で優れている。特に、参加者が互いに情報を共有し、チームとしての最適解を模索する過程は、実際の職場でのチームワーク向上に直結する。また、数の操作や推測が必要なため、集中力や柔軟な思考も求められる。結果として、Itoは、論理性と協働性を同時に養うことができるユニークな教材として、特に若手社員研修やコミュニケーション能力向上を目的としたプログラムで活用されている。

ナショナルエコノミー

「ナショナルエコノミー」は、経営シミュレーションゲームの代表例として知られ、資源管理や経営戦略の複雑性を体験できる点が特徴である。参加者は仮想の企業経営者となり、限られた資源をいかに効率的に配分し、利益を最大化するかを競う。ゲーム内では、需要予測、在庫管理、価格設定、競合対応など多岐にわたる経営判断が求められ、これらをリアルタイムで行うことが参加者に経営感覚を養わせる。特に管理職や経営層向けの研修においては、単なる理論学習に留まらず、実践的な意思決定経験を積む機会を提供する点で高く評価されている。さらに、ゲーム終了後の振り返りにおいては、意思決定の背景にある思考過程や組織への影響について深く議論することで、参加者の経営マインドセットの醸成に貢献している。

ボードゲーム研修の導入に際しての留意点

目的の明確化とゲーム選定

ボードゲームを活用した企業研修の効果を最大化するためには、研修の目的を明確に設定し、それに適したゲームを選定することが不可欠である。目的がコミュニケーション促進であれば、情報共有や推理を必要とするゲームが適している。

一方、戦略的思考や経営判断の養成を目的とする場合には、経営シミュレーション型のゲームが有効である。

目的と手段が乖離すると、研修効果は限定的となり、参加者のモチベーション低下や理解不足を招く恐れがある。また、ゲームの難易度や参加者のスキルレベルも考慮すべきであり、過度に複雑なゲームは逆に混乱を生じさせる可能性がある。したがって、事前に参加者の背景や研修目標を詳細に分析し、それに応じた最適なゲームを選ぶことが研修成功の鍵となる。

ファシリテーションの質

ボードゲーム研修においては、単にゲームを実施するだけでなく、その後の振り返りや学びの言語化を促進するファシリテーションが重要な役割を担う。

ゲームプレイ中に生じる参加者間のやり取りや意思決定の背景を掘り下げることで、学習内容の理解が深まり、実務への応用可能性が高まる。特に、ファシリテーターは中立的かつ建設的な質問を投げかけ、参加者が自身の行動や思考を客観的に分析できる環境を整備する必要がある。

また、振り返りの場は心理的安全性を確保し、自由な意見交換が可能でなければならない。これにより、参加者は失敗や課題を前向きに捉え、継続的な学習意欲を高めることができる。したがって、研修の成功には優れたファシリテーションスキルを持つ人材の配置が不可欠である。

さいごに

いかがだっただろうか。本記事では、ぼーど

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